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福井地方裁判所 昭和38年(ワ)272号 判決

原告 山本輝雄

右訴訟代理人弁護士 堀江喜熊

同 吉田耕三

被告 宮崎利右ヱ門

右訴訟代理人弁護士 堤敏恭

被告 国

右代表者法務大臣 稲葉修

右指定代理人訟務部長 松崎康夫

〈ほか四名〉

主文

一、原告に対し、被告宮崎利右ヱ門は金三〇万円、被告国は金七〇万円及びこれに対する昭和三八年一二月三一日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告の被告らに対するその余の慰藉料請求部分及び被告宮崎利右ヱ門に対する謝罪広告請求部分は、いずれもこれを棄却する。

三、訴訟費用はこれを五分し、その四を原告の、その余を被告らの各負担とする。

四、この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一申立

原告は、「一、被告らは、各自原告に対し金五〇〇万円及びこれらに対する昭和三八年一二月三一日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。二、被告宮崎利右ヱ門は、福井新聞、毎日新聞及び朝日新聞各福井版紙上に五号活字を以って別紙記載の謝罪広告を二日間継続して掲載せよ。三、訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決並びに第一項に付き仮執行宣言を求め、被告らは「一、原告の請求を棄却する。二、訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二主張

(原告の請求原因)

一、亡山本良也及び被告宮崎利右ヱ門の社会的地位並びに原告と亡山本良也との身分関係

原告は訴外亡山本良也(訴訟承継前の原告、昭和四二年二月二六日死亡、以下「原告先代」という)の五男であり、同人死亡により他の相続人全員が相続を放棄したことにより、同人を単独相続したものである。

原告先代は、生前長らく小学校の教員を勤め、その後福井県足羽郡上宇坂村(町村合併で同県足羽郡美山村となり、その後同県同郡美山町となり現在に至る)の村会議員、区長等の要職を歴任し、多数の教え子並びに同村住民に広くその名を知られ且つ数千万円の資産を有する等同村の有力者であった。

被告宮崎利右ヱ門(以下「被告宮崎」という)は、曽って福井県立大野高等学校の教官を勤め、且つ数千万円の資産を有する等これまた現在に至るまで同町の有力者である。

二、本件告訴から本件無罪判決に至る経緯の概要

(一) 本件告訴

被告宮崎は、昭和二八年一一月一六日原告先代を森林窃盗罪で福井県高志地区警察署に告訴(以下「本件告訴」という)した。しかして右告訴に係る事実は、いずれも原告先代所有山林と被告宮崎所有山林が境界を接する場所で、原告先代が被告宮崎との境界を侵犯し、同被告所有山林に生立する同被告所有の立木を伐採窃取したとの事案であって、その具体的事実は左の通りである。

1 昭和二八年九月一四日ころの同村品ヶ瀬二二字数ヶ間一五六番一・二山林におけるスギ立木一本の伐採(別紙第一図面)

2 同年一一月下旬ころの右山林におけるスギ立木二一本の伐採(別紙第一図面)

3 右同日ころの同所一二二番山林におけるスギ立木六本の伐採

4 同年一一月一四日ころの同字水上二三四番山林におけるマツ立木六本の伐採(別紙第二図面)

(二) 本件捜査及び起訴

本件告訴に基づく捜査(以下「本件捜査」という)の結果昭和二九年一一月一一日福井区検察庁は、右告訴に係る事実中前記1(3)の事実に付いては原告先代を不起訴処分とし、同(1)、(2)、(4)の事実に付き原告先代を森林窃盗罪で福井簡易裁判所に公訴を提起(以下「本件起訴」という)した。

(三) 刑事裁判

昭和三四年七月三〇日福井簡易裁判所は、本件起訴事実を総て認め、原告先代を罰金一万五、〇〇〇円に処する旨の有罪判決(以下「本件有罪判決」という)を言渡した。原告先代は、右判決に対し控訴した結果、名古屋高等裁判所金沢支部は、同三六年一月一二日右有罪判決を破棄したうえ無罪判決(以下「本件無罪判決」という)を言渡し、その後右判決は確定したので、ここに原告先代の無実が証明せられた。

三、本件係争山林の原告と被告宮崎との各主張境界線

(一) 数ヶ間山林

原告所有の数ヶ間一三一番山林(以下「一三一番山林」という)と被告宮崎所有の同所一五六番一・二山林(以下「一五六番一・二山林」という)の境界(以下右両山林を「数ヶ間山林」という)は別紙第一図面(昭和四〇年六月三〇日付検証証書添付図面)のT点(テンボナシ)、O点(ザトウザクラ)、P点(スギ)を各直線で結んだ線である。しかるところ、被告宮崎は、右各山林の境界は同図面のT′点(但しT点から北西に二〇センチメートルのところ)、S点(モミジ)、R点(自然石)、P点(スギ)を各直線で結んだ線であるとし、その根拠として、右原告所有山林の植樹の仕方は、密にして不規則であり、且つ、麓方向から尾根を結ぶ線を基準に植樹してあるのに反し、同被告所有山林の植樹の仕方は、疎にして規則正しく、且つ等高線状に植樹してあること、境界標識としてR点に自然石の存在することおよび境界点であると主張するS点のモミジの木には、火災によって焼けただれた樹皮の形跡がある等の点を強調し、従って原告先代が伐採した同図面記載の二二本のスギ立木は、いずれも同被告所有であると主張した。

(二) 水上山林

原告所有の水上二三三番山林(以下「二三三番山林」という)と被告宮崎所有の同所二三四番山林(以下「二三四番山林」という)の境界は別紙第二図面(昭和四一年四月三〇日付検証調書添付図面)のA点(スギ)とZ点を直線で結んだ線である。しかるところ被告宮崎は、右各山林の境界は、同図面A点とQ点を直線で結んだ線であると主張し、その根拠として、右境界線上には四本の結び木が存在すること等を、また原告所有の同所二三五番山林(以下「二三五番山林」という)と同被告所有の右二三四番山林の境界は同図面B点(ツバキ)とN点(ドングリ)を直線で結んだ線である。しかるに同被告は右各山林の境界は同図面のB点(ツバキ)、F点(マツの切株)、J点(フクラシバ)を各直線で結んだ線であると主張し、その根拠として右境界線上には中途切の木三本が存在する等を各強調し、従って同図面のL、M、H、G、Wの各点に生立していた松立木(本件森林窃盗事件の被害木とされるもの)はいずれも同被告の所有であると主張した。

四、本件刑事裁判の鑑定結果

(一) 数ヶ間山林

本件刑事裁判において昭和三一年五月に行われた鑑定人児島忠雄、同谷口貢(以下「スギ立木に関する児島・谷口鑑定」という)による本件係争のスギ立木二二本と争いのない被告宮崎所有の一五六番一・二山林に生立する各スギの樹令の鑑定の結果は次の通りである。即ち、争いのない被告宮崎所有の一五六番一・二山林上に生立するスギ立木の樹令は、昭和三一年五月の鑑定時でいずれも四三年生であり、係争部分にある同被告が自己所有なりと主張する原告先代伐採にかかるスギ立木二二本の伐採時(昭和二八年)及び伐採時から計算した鑑定時(昭和三一年五月)の各樹令は次の通りである。

別紙第一図面番号

昭和二八年伐採当時樹令

生立していたとして昭和三一年五月当時の樹令

1

四二年

四五年

2

四五年

四八年

3

四〇年

四三年

4

四五年

四八年

5

四八年

五一年

6

四七年

五〇年

7

四〇年

四三年

8

六四年

六七年

9

六〇年

六三年

10

六〇年

六三年

11

四五年

四八年

12

四五年

四八年

13

五〇年

五三年

14

四五年

四八年

15

六〇年

六三年

16

二五年

二八年

17

四〇年

四三年

18

五〇年

五三年

19

四〇年

四三年

20

六〇年

六三年

21

三七年

四〇年

22

四九年

五二年

(二) 水上山林

被告宮崎が原告所有の二三三番山林と同被告所有の二三四番山林の境界が前記A、Q各点を結ぶ線であることの根拠としてあげる四本の結び木(別紙第二図面)の樹令、木が結ばれてからの経過年数及び樹種の本件刑事裁判における鑑定の結果は次の通りである。

1 鑑定人児島忠雄、同谷口貢の鑑定(昭和三一年四月一八日付、以下「結び木に関する児島・谷口鑑定」という)―刑事第一審

番号

樹令

経過年数

樹種

第一結び木

一八年ないし二二年

一〇年ないし一二年

マンサク

第二結び木

(1)一六年ないし一八年

七年ないし八年

(2)一八年ないし二二年

一〇年ないし一二年

第三結び木

(1)〃

リヨーブ

(2)〃

マンサク

第四結び木

ツツジ

2 鑑定人渡辺博の鑑定(昭和三五年一〇月二九日付、以下「渡辺鑑定」という)―刑事控訴審

番号

樹令

経過年数

樹種

第一結び木

一四年

三年ないし五年

マンサク

第二結び木

第三結び木

第四結び木

ミツバ、ツツジの類

3 鑑定人土田正治の鑑定(昭和三五年一〇月二九日付、以下「土田鑑定」という)―刑事控訴審

番号

樹令

経過年数

樹種

第一結び木

一二年ないし一三年

三年

マンサク

第二結び木

第三結び木

第四結び木

キザキツツジ

五、被告宮崎の不法行為責任

右の本件刑事裁判の各鑑定の結果からすれば、被告宮崎が本件係争山林につき主張する境界線は全く根拠のないものであることが明らかである。即ち、

(一) 数ヶ間山林の原告先代伐採にかかるスギ立木二二本が、被告宮崎所有であるとすれば、争いのない同被告所有の一五六番一・二山林に生立するスギ立木と同一樹令即ちいずれも鑑定時には四三年生となっていなければならないが、鑑定の結果は前記の如く両山林に生立するスギ立木の樹令は異っており、右二二本の伐採木の樹令の方が争いのない同被告所有の右山林に生立するスギ立木のそれより殆んどが高くなっている。従って右二二本のスギ立木が被告宮崎の所有とはなし難い。

(二) 水上山林中の前記四本の結び木の鑑定中児島・谷口鑑定の結果によれば、鑑定時期が昭和三一年五月であるから、第二結び木の(1)は昭和二三年から同二四年までの間に、その余の結び木はいずれも同一九年から同二四年までの間に、それぞれ結ばれたことになる。また渡辺鑑定及び土田鑑定の結果によれば、両鑑定はいずれも結び木を伐採のうえ年輪を測定したものであるから、鑑定樹令は全く適正であって、鑑定時期が昭和三五年一〇月であるから、右結び木が発芽したのは、同二一年から同二三年までの間ということになり、木が結ばれた時期は、右発芽時期よりも更に数年後と考えなければならないから、その時期を仮に三年と仮定しても、同二三年から同二六年までの間となる。従っていずれにしても、昭和二一年より前に結ばれたものでないことだけは断言できるから昭和二二年八月四日被告宮崎先代訴外亡宮崎利右ヱ門(以下「被告先代」という)の死亡後、被告宮崎自身に依って結ばれたものと断言し得るのである。

(三) 右鑑定の結果に依れば、同被告が、二三三番山林と二三四番山林について、原告(原告先代を含む)又は原告前主の不知の間に窃かに前記四本の結び木を作りながら、右結び木は同被告先代の時代から存在した旨の虚偽の主張をなしたことは明らかである。そして更に本件数ヶ間及び水上両山林における自己の主張境界線がいかにも真実であるがごとく多くの参考人をして自己の主張にそう供述をなさしめ、よって検察官をして本件起訴に踏切らせたものである。

(四) 以上のことからすれば、本件告訴は誣告であることは明白である。仮にそうでないとしても、被告宮崎には本件告訴につき重大な過失があったものというべく、右不法行為により同被告は原告先代の蒙った損害を賠償する責任がある。

六、被告国の不法行為責任

(一) 捜査の違法

1 本件捜査は、主として福井区検察庁検察官事務取扱検察事務官山崎登(以下「山崎事務官」という)により行なわれ、同事務官により本件起訴がなされたものであるが、捜査の端諸から本件起訴に至るまで及び起訴後の取調べの概略は以下の通りである。

(1) 昭和二八年一一月一六日 高志地区警察署司法警察員巡査部長上杉治、被告宮崎の本件告訴を受理し告訴調書作成

(2) 同年一二月一〇日 右上杉巡査部長、被告宮崎を取調べ供述調書作成

(3) 同月二七日 右上杉巡査部長、原告先代を取調べ、供述調書作成(否認調書)

(4) 同月三〇日 右上杉巡査部長、被告宮崎を取調べ、供述調書作成

(5) 同二九年一月九日 高志地区警察署司法警察員警部宮前徳市、原告先代を取調べ、供述調書作成(否認調書)

(6) 同月一三日 本件を福井区検察庁へ送致

(7) 同年四月七日 山崎事務官、足羽郡美山村品ヶ瀬に出張のうえ、被告宮崎の近親である訴外勇上伊右ヱ門宅において、参考人として訴外黒田高志、同本多竹松、同土井清五郎を取調べ、各供述調書作成

(8) 同二九年四月一三日 山崎事務官、福井区検察庁において、被告宮崎を取調べ、供述調書作成

(9) 同月二〇日 山崎事務官、被告宮崎を四回取調べ、供述調書三通作成

(10) 同年一〇月四日 山崎事務官、足羽郡美山村上宇坂巡査駐在所に出張のうえ、参考人として訴外勇上伊右ヱ門、同山田七五郎、同松川福松、同杉原寅松、同富田忍、同橋本奥松、同川端重二、同山口登、同井上重理、同高崎清を取調べ、各供述調書作成

(11) 同月五日 山崎事務官、福井区検察庁において、原告先代を取調べ、供述調書作成(否認調書)

(12) 同月八日 山崎事務官、原告先代を逮捕

(13) 同月一四日 山崎事務官、原告先代を取調べ、供述調書作成(否認調書)

(14) 右同日 原告先代、勾留理由開示請求、山崎事務官、原告先代を釈放

(15) 同月一五日 山崎事務官、上宇坂村に出張のうえ、品ヶ瀬地区国鉄地籍内において、訴外山岸しのを、前記巡査駐在所において、訴外旭弥杉、同宮崎惣左エ門、同森忠利男をそれぞれ取調べ、各供述調書作成

(16) 同月一六日 山崎事務官、福井区検察庁において、訴外長谷川与を取調べ、供述調書作成

(17) 同月一九日 山崎事務官、前記巡査駐在所に出張のうえ訴外上田正志、同黒田高志、同井上重をそれぞれ取調べ、各供述調書作成

(18) 同月二〇日 山崎事務官、足羽郡足羽町所在福井地方法務局東郷出張所へ出張のうえ、訴外橋本一雄を取調べ、供述調書作成

(19) 同年一二月五日 山崎事務官、前記巡査駐在所へ出張のうえ、訴外杉原寅松を取調べ、供述調書作成

(20) 同月一一日 山崎事務官、本件起訴

(21) 同月二三日 山崎事務官の指示により、高志地区警察署司法巡査黒川四郎、訴外杉原寅松を取調べ、供述調書作成

(22) 同三一年四月二〇日 福井区検察庁検察事務官大久保久(以下「大久保事務官」という)、上宇坂村品ヶ瀬地区所在訴外宮崎元吉方に出張のうえ、同人方作業場において、同人を取調べ、供述調書作成

(23) 同年六月一九日 大久保事務官、福井区検察庁において訴外坂井安生、同島清蔵をそれぞれ取調べ、各供述調書作成

(24) 同三二年一月二五日 大久保事務官、上宇坂村品ヶ瀬地区所在訴外横山吉郎方へ出張のうえ、同人を取調べ、供述調書作成

(25) 同月二九日 大久保事務官、福井区検察庁において、訴外清水繁男を取調べ、供述調書作成

(26) その外昭和二九年一〇月中、山崎事務官、農林事務官小川助を伴い、品ヶ瀬山林に赴き、右山林の植林状態に付き下鑑定(以下「小川意見」という)をなさしめ、意見書を提出せしめる。

2 以上の如く、本件刑事事件の捜査のため、山崎、大久保両検察事務官がわざわざ現地上宇坂村に出張して取調べた回数は判明しているだけでも九回に及び(うち山崎事務官七回、大久保事務官二回)、また取調べた参考人の数は延二四名(うち山崎事務官二一名、大久保事務官二名)であるのに対し、福井区検察庁に呼出し取調べた参考人の数は僅か五名であって、その回数も三回に過ぎない。しかも本件起訴前福井区検察庁において取調べた回数は僅かに一回で、その人数はたった一名に過ぎない実状である。右本件捜査の経過はその内容について触れるまでもなく、まづもって外形的に異常さを感ぜさせる。即ち両事務官は、恰も民事事件における山林境界事件の訴訟代理人が訴訟を準備したかの如き捜査をなしており、従って右の如き綿密なる捜査は本件起訴後においてもいささかも緩められることなく行なわれた。特に山崎事務官は、原告先代の弁解主張を充分に聞くことなく、しかも原告先代の申出でた参考人の取調べをなさず、却って告訴人である被告宮崎の主張には極めて親切丁寧にこれを聞取り、殊に昭和二九年四月二〇日には同被告の供述調書を四回もとっているのであり、また、同被告の申出でた参考人は仮に一名の場合であってもわざわざ現地上宇坂村に出張のうえ取調べるといった態度をとっている。

3 本件刑事事件発生後取調べを受けた原告先代が自白しないので、昭和二九年一〇月八日、山崎事務官は、原告先代を逮捕し自白を強要するに至った。同月一四日逮捕及び勾留を不当とする原告先代は勾留理由の開示を裁判所に求めたところ、同事務官は勾留理由開示裁判を待たずに原告先代を釈放した。

以上本件捜査は、担当検察事務官が告訴人である被告宮崎に一方的に加担し、しかも否認している原告先代を自白強要のため逮捕勾留したもので、全く不当なもので違法である。

(二) 本件起訴の違法

1 数ヶ間山林

山崎事務官は、本件起訴前農林事務官小川助をして、一三一番山林と一五六番一・二山林の植樹の仕方に付いて調査をさせ小川意見を徴した。そして植樹の仕方からすれば係争の二二本のスギ立木は、いずれも争いのない一五六番一・二山林に生立するスギ立木と同一の樹え方がしてあるから、右二二本のスギ立木は一五六番一・二山林に生立していたものであるとの結論を出さしめた。しかし右の如き意見は、全く非科学的なものであると共に、決定的な証拠とはなり得ないものであるに拘らず、右小川意見を絶対のものとして本件起訴に踏切った山崎事務官の行為は、重大な過失であるといわなくてはならない。

即ち、山崎事務官が盗伐であるとする二二本のスギ立木に付いては、小川意見は前記児島・谷口鑑定の結果で明らかな如く、全く覆えされてしまったのである。右鑑定は、現に生立している争いのない被告宮崎所有の一五六番一・二山林のスギ立木の樹令を材木業者が一般に使用している測定器を使用して鑑定したもので、右測定器の使用方法は極めて簡単で且つ生立する立木を伐採することなく樹令を正確に測定できる機械である。右の如き簡単且つ正確な測定器があるにも拘らず、非科学的な小川意見のみによって前記スギ立木二二本はいずれも盗伐されたものであるとの結論を出した山崎事務官の判断には重大な過失が存する。

2 水上山林

(1) 山崎事務官が本件起訴を決意するに至った決定的な証拠は水上二三三番山林と二三四番山林の境界線であると被告宮崎が主張する線に存する前記四本の結び木であったと考えられるが、右結び木に関する児島・谷口、渡辺・土田の各鑑定の結果及び次の諸事実即ち、(イ)水上二三三番山林の原告先代の前主訴外旭弥杉は、昭和二九年一〇月一五日、山崎事務官に対し二三三番山林と二三四番山林との境界は知らないと答えていること、(ロ)原告先代は本件捜査の過程で一回も結び木を境界木とは認めていないこと、(ハ)右結び木が調停、和解等によって当事者間で境界木であると確定した事実が存しないこと、(ニ)右結び木は、一見素人目にも若木であることが明瞭であること等の事実からすれば、右結び木は被告宮崎自身が隣地者の立会を求めることなく単独でひそかに結んだものであることは明らかであるのに、山崎事務官は、同被告先代時代から存する古い結び木であるとの同被告の言をたやすく信用し、右結び木の年輪の測定を怠り、右結び木を唯一不動の根拠にして、二三三番山林と二三四番山林との境界を同被告主張の通りと即断し、本件起訴に踏切ったのは、重大な過失というべきである。

(2) 次に二三五番の山林と二三四番山林との境界に関する被告宮崎の主張は、地籍図を全く無視した何らの根拠のないものであり、これを安易に信用した山崎事務官の判断には重大な過失があったものといわざるを得ない。

3 以上の通り、本件数ヶ間及び水上両山林の客観的な境界に付き、本件捜査を担当した山崎事務官は、被告宮崎の主張をそのまま信用し、収集した各証拠の信憑性の判断を著るしく誤り、また原告先代の森林窃盗の犯意に付いては殆んど捜査をすることなく、本件起訴をなしたものであって同事務官に重大な過失あることは明白であるから、この過失に起因して原告先代の蒙った損害を被告国は国家賠償法に基づき賠償する責任がある。

七、原告の損害

(一) 原告先代は冒頭で述べた経歴を有するところ、原告先代が森林窃盗罪で本件告訴・起訴・有罪判決を受けた事実は、いずれも新聞紙等により広く報道され、且つ刑事第一審の四〇数回に亘る公開の裁判は毎回公衆に告知され、森林窃盗なる罪名の下に被告人として原告先代名の掲示を受けると共に多数傍聴人の面前で窃盗犯人として公判の審理を受ける等、その受けたる屈辱と汚名、これに伴う痛苦は到底筆舌に尽し難いものがある。特に曽って教職にあり多数の教え子のある原告先代としては、本件告訴から本件無罪判決に至る実に六年間に亘り、図り知れない精神的苦痛を受け、もし本件無罪判決を受けることができなかったら、死をもって自己の無実を証明しようとまで決意していた程である。

(二) よって被告宮崎は、本件告訴に付き民法七〇九条の不法行為責任を、被告国は、本件捜査及び起訴に付き国家賠償法一条の責任を負担すべきところ、原告先代が受けた精神的損害は一、〇〇〇万円を下らないから、原告は被告両名に対し各自五〇〇万円とこれに対する本訴状送達の翌日である昭和三八年一二月三一日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めると共に、更に被告宮崎に対し、原告先代の名誉回復の方法として、福井新聞、毎日新聞、朝日新聞各福井版紙上に五号活字を以って別紙記載の謝罪広告を二日間継続して掲載することを求める。

(被告らの請求原因に対する認否)

一、被告宮崎

(一) 請求原因一ないし四の事実は認める。

(二) 同五、七の主張は争う。本件告訴に何等の違法も存しない。

二、被告国

1 請求原因一ないし四の事実は認める。

2 同五ないし七の主張は争う。但し、六(一)1は(19)の事実及び原告先代の逮捕及び釈放年月日を除き認める。右逮捕の日時は昭和二九年一〇月六日であり同月八日勾留請求をなし、勾留期間満了により原告先代を釈放した日は昭和二九年一〇月一七日である。なお、(15)の昭和二九年一〇月一五日には原告主張の他に訴外本田久一も取調べ且つ同人の供述調書を作成し、(18)の訴外橋本一雄の取調べに際しては、同出張所の土地台帖附属図面等も調べた。原告主張日時に勾留理由開示の請求があったことは認める。

(被告らの反論)

一、被告国

本件捜査及び起訴には以下に述べる通り何等の違法もない。

(一) 本件捜査手続の適法性

1 山崎事務官の経歴及び捜査

本件は検察官事務取扱検察事務官をして事件処理をさせたものであるが、同事務官の経歴は次の通りである。

(1) 昭和七年四月 福井県巡査

(2) 同一五年一〇月 同県巡査部長

(3) 同二一年五月 同県警部補

(4) 同二二年二月 福井地方検察庁へ出向、検察補佐官

(5) 同年五月 昭和二二年法律第六一号により検察事務官

(6) 同二三年八月 福井地方検察庁刑事部第二課長

(7) 同年一一月 福井区検察庁検察官事務取扱

以上の通り、同事務官は、警察、検察を通じて豊富な捜査経験を有するものであり、本件起訴までの間綿密なる捜査を遂げているうえ、捜査・起訴に当っては、次席検事等上司の指示決裁を受けてその処理に当ったもので、内部的な手続の上で何等不当な点はない。また本件捜査・起訴を同事務官に処理させたのは、当時検察官が多忙であったためで、何等特別の理由に出たものではない。

2 本件捜査過程における参考人の取調べ方法

本件捜査段階において、山崎事務官は、参考人二一名のうち一九名を現地上宇坂村に出張のうえ取調べたが、このような現地出張のうえ参考人を取調べる方法は本件に特異なものではない。概して参考人は刑訴法二二三条により検察庁に呼出しのうえ取調べることが多いが、同条は別に参考人を出頭させるべき場所を規定せず、この点の判断を捜査官に委ねているのであって、捜査官は、参考人の多寡、年令、健康、交通の便、取調べに要する時間、出頭できない時はその理由、その他参考人の便宜と事件の内容を総合勘案して取調場所を検討するのであって、出張取調をなす場合は、上司の決裁を経たうえなすものである。

ところで本件においては取調べを要する参考人の殆んどが原告先代と同村に居住している者で、しかも二〇名以上の多数に及び、それらの者の年令をみると八〇年代一名、七〇年代三名、六〇年代五名、五〇年代七名と高令者が多いこと、取調べ当時は農繁期で参考人の殆んどが農業に従事しているところから、福井区検察庁まで出頭を求めると往復に可成の時間を要し、参考人らの仕事に支障を来たす虞れがあること、事案の性質上事件現地の方が参考人としても説明し易く、捜査官としても理解し易いこと等を勘案のうえ、同事務官は上司の決裁を経て現地で取調べたもので、何等非難されるべきいわれはない。

なお、同事務官は、被告宮崎の親戚にあたる訴外勇上伊右ヱ門方で参考人三名を取調べたことが一回あるが、これは当時同被告と右勇上との関係を知らなかったため、同被告が区長であり且つ右三名の参考人の居住する品ヶ瀬部落と上宇坂巡査駐在所との間はかなり距離があるところから準公的な場所として、当時副区長であった右勇上方を利用させて貰ったに過ぎず、他意はない。

3 原告先代の逮捕、勾留

山崎事務官が原告先代を逮捕・勾留したのは、自白を強要するためでもないし、また自白を強要した事実もない。即ち本件は山林の境界争いに関するものであって、原告先代及び被告宮崎は共に品ヶ瀬地区における有力者で、原告先代は終始犯行を否認していて、関係者は率直な供述をためらっていた。従って原告先代の身柄を拘束しなければ、同人の圧力による罪証隠滅の虞れがあったので、福井簡易裁判所に令状を請求し、同裁判所の発布した逮捕状、勾留状により適法に原告先代の身柄を拘束したものであって何等違法ではない。

4 参考人取調べの公平性

原告は、山崎事務官は被告宮崎の主張のみ良く聞き入れ原告先代の弁疎には耳をかさなかった旨主張するがそのような事実はない。凡そ関係者の申出でた参考人の採否は、恰も裁判における証人の採否と同じく、捜査官の判断に委ねられているものであって、両事務官は本件捜査の経緯に照らし、その必要がないと判断して、原告先代の申出でた参考人は、訴外山岸しののみを取調べたに過ぎない。また被告宮崎に対する供述調書は、昭和二九年四月二〇日には三通に分けて作成しているが、その内容を一読すれば直ちに判明するように、同日付第二回供述調書は数ヶ間山林関係、同日付第三回供述調書は水上山林関係、同日付第四回供述調書は証拠関係と、各区分して同一の機会に作成されたもので、右は調書作成の技術上の見地及び調書の内容を理解し易くするためであって他意はない。更に同事務官は、前記の通り昭和三〇年一〇月二日福井地方法務局東郷出張所で法務事務官橋本一雄を取調べたが、これは同事務官が本件各山林関係の台帖・付属図等を見分する必要を認めたため、同出張所に出張して取調べたもので当然のことをしたに過ぎない。これを要するに同事務官には原告が主張する如き被告宮崎に一方的に左袒した偏頗な捜査をした事実など毫もない。

(二) 本件起訴の適法性

一般に起訴された公訴事実について無罪が確定しても、その起訴が直ちに違法とされるものでないことは多言を要しないところであり、その起訴について起訴時の資料及び起訴時点で公判中に蒐集の見込のある資料によっても犯罪の嫌疑が十分でなく有罪判決を期待しうる合理的根拠のないときに違法とされるのである。

これを本件起訴についてみるに、起訴時における資料(起訴時点で公判中に蒐集の見込ある資料を含む)によれば、犯罪の嫌疑が十分で有罪判決を期待し得る合理的根拠があったと認められる。

≪以下事実省略≫

理由

一、原告主張第一ないし第三項の事実はすべて当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、本件無罪判決の理由の要旨は次のとおりであることが認められる。

(一)  結論 検察官の全立証によるも水上・数ヶ間両山林の境界は明らかでなく、従って係争立木の所有権が宮崎利右ヱ門(被告宮崎)の所有であるか否か不明であり、加えて犯意の証明も不十分である。

(二)  理由説示の概要

(公訴事実の趣旨に適合する原判決摘示の証拠の検討)

(1) 宮崎利右ヱ門の検察官に対する各供述調書ないし原審における同人の証人尋問調書、同人の原審公判調書中の供述記載等の信憑性について

従来から右山林の境界は客観的に必ずしも明確に確定されていないため、宮崎利右ヱ門と被告人(原告先代)との間に境界又は伐採した立木所有権につき紛争が存し、現に本件係争松伐木六本、杉伐木二二本につき福井地裁に所有権確認訴訟が係属中である。

本件係争木は、右各山林が隣接する地域付近に存し、宮崎主張の境界線によれば宮崎の所有山林の範囲内に、被告人(原告先代)主張の境界線によれば被告人所有山林の範囲内に属することになる。

そこで宮崎主張の境界線の信憑性について考えるに、

(イ) 水上山林

水上二三三番と同二三四番の境界

宮崎主張の結び木四本は、宮崎の供述に即して考えれば昭和一五年五月以前に既に存していたことになるが、原審における児島、谷口鑑定による結び木の樹令、結んだ時からの経過年数は、右宮崎の供述に著しく背馳している。これと宮崎が数ヶ間山林における境界に存する結び木は、宮崎が隣地所有者らの立会人なくして結んだ旨供述していることを併せ考えると、水上山林の右結び木が、果して古くから存する境界の標目として利害関係人の承認ないし立会の下に、結ばれたものであることは即断できず、却って深い疑念を生じさせる。

宮崎指示の中途切の木も右認定の結果と原審及び当審における検証の結果によれば、右木と認められ、境界における標目として古くから存したものとは認められない。

水上二三四番と同二三五番の境界

宮崎主張の境界線は地籍図に適合しない。

(ロ) 数ヶ間山林

数ヶ間一五六番の一、二と一三一番の境界

宮崎が昭和二七年三月ごろ単独で結んだという結び木は何人かに抜かれて存在せず、同人が境界石と主張する石三個は境界石とは認め難くもみじの木(火災により焼けただれた樹皮の形跡あり)につき、被告人は当初から一貫して焼畑としたときの痕跡である旨主張しているに反し、宮崎は当審において始めて同様の供述をなしたこと、以上の諸点から宮崎主張の境界線が真実であるとは即断できない。

これを要するに右両山林の境界に関する宮崎の右各供述は対立当事者一方の主張であって、証拠価値は疑問である。

(2) その他の証拠について

(イ) 水上山林についての原審第四〇回公判調書中証人旭弥杉の供述部分は、≪証拠省略≫と対比し、たやすく信用し難く、大正年間に結び木を現認した旨の宮崎元吉の検察官に対する供述調書及び昭和一〇年ごろその所有にかかる水上二三三番山林を旭弥杉の先代旭豊松に売却した当時結び木が存した旨の原審証人宮崎惣左ヱ門の証人尋問調書は、いずれも当審検察官に存した結び木を指すものとは認められないから、裏付けとなる物的証拠を欠くことになるし、もし、検証時に存した結び木を指すとすれば、右各供述は原審及び当審の各鑑定の結果と対比し、たやすく信用できない。

(ロ) 数ヶ間山林についての≪証拠省略≫はいずれも本件山林境界の極め手となるべき証拠とはなし難い。

以上のとおり、これを要するに、原判決の採用せる宮崎利右ヱ門の原審における証言、同人の検察官調書には信を措き難いところが多々あると共に、その他の証拠によっても未だ本件山林の境界線を確認することができず、従って被告人が窃取したと認定した立木が果して原判決認定のように果して宮崎所有山林に属するものであるかどうかが証拠上明らかでない。

(被告人の窃盗の犯意について)

宮崎と被告人間において過去に各山林の境界を協定した事実はなく、客観的不動の自然的境界もなく、従来から両者間に境界の紛争が度々生じており、右両者はそれぞれ先代ないしその土地の前主から指示されたところを主張しており、被告人の犯意を確認又は推認するに足りる証拠資料は存しない。

二、しかして、≪証拠省略≫を総合すると当裁判所は、本件無罪判決はその結論において正当であると認める。≪証拠判断省略≫

前示採用の各証拠を仔細に検討すれば、本件は明らかに山林所有者相互間における境界争いという民事紛争の類型に属するものであって、その解決は、境界ないし立木所有権確認の本訴ないし伐採、搬出禁止等の仮処分による民事訴訟に求めらるべきであり全くの第三者による不法伐採ないし境界明白な場合の隣地所有者の不法伐採とは事案を異にしていると考える。

よって進んで本件告訴ないし逮捕、勾留、起訴の適法性(故意過失の存否)につき以下審按する。

二、本件告訴の適法性

告訴は、捜査機関に対し、犯罪事実を申告し、訴追を求める意思表示であって、犯罪の被害者その他一定の者に与えられた権利ではあるが、それ自体人権を侵害し、被告訴人の名誉を傷つけるおそれのあることは、当然に予想されるところであるから、およそ告訴にあたっては、事実関係を十分調査し、証拠を検討し犯罪の嫌疑をかけることを相当とする客観的資料を確認の上でこれを行い、軽率な申告を避けるべき注意義務が存することは多言を要しない。

これを本件についてみるに、原告は「被告宮崎は、境界をことさらに自己に有利に主張し、結び木工作や関係者に対する偽証工作をなし、故意に本件告訴をなした」旨の主張をするけれども、本件全証拠によるも右主張は認められない。

よって、被告宮崎が、本件告訴をなすに当り、原告先代に窃盗の犯意が存する旨信じたについて、過失が存したか否かについて以下判断する。

(一)  各山林の境界線について

≪証拠省略≫によれば次の事実が認められる。

1  被告宮崎は、昭和二八年一一月一六日上宇坂巡査駐在所において告訴をしたが、その要旨は「同年九月一四日ごろ水上数ヶ間両山林において、係争立木が原告先代により伐採ないし伐採寸前の状況にあることを知り、早速品ヶ瀬区長、森林組合理事を始め原告先代ないしその家族の立会を求め現地で話し合をしたが、双方の境界線の主張は、平行線をたどるばかりで、話し合はつかなかったが、係争立木の存する地域は被告宮崎所有山林に属することは明らかで、亡父の代から宮崎家において占有管理しており、原告先代は、そのことをよく知りながら、敢えて被告宮崎所有立木を伐採したのである。」というにある。そしてその裏付け資料として、同被告が作成した詳細な地形図(占有管理状況や、係争地域、立木を表示したもの)を提出した。

昭和二七年一〇月ごろ交換契約により水上二三三番山林を原告先代が訴外旭弥杉から譲り受け昭和二八年一月その旨の登記を経由したが、右交換契約のころ、原告先代、訴外旭、被告宮崎の三名が二三三番と二三四番の地境を検分のため現地に赴いたときに結び木数本が発見された。その時、被告宮崎は、これが境界木であると主張したが、訴外旭は、結び木のことは以前から聞いたこともなく、またその形状からしても境界木であるかどうかについて自信をもてず、原告先代も右結び木は古くから存したとは認められないから信用できない旨発言し、三者は結局境界についての結論を合意することなく下山した。

その後、訴外旭は、原告先代から当時生立していた係争マツ立木一本につき、訴外旭の前主訴外宮崎惣左ヱ門は、二三三番山林の範囲内であると言っているかどうかと問われたので、これを肯定する趣旨の答をした。

水上山林の係争地一帯は雑木林であり、二三三番、二三四番、二三五番各山林の地形、林相は殆んど同一であって、客観的な自然的境界を発見し得ない。

一方、原告先代は、二三三番と二三四番の境界は、訴外旭ないしその前主訴外宮崎惣左ヱ門から前記マツ立木が二三三番に属する旨告げられ、また二三四番と二三五番の境界は、養父より指示され、これを信じていたのであり、原告先代は刑事事件において被告宮崎主張線のとおりとすると、二三五番とその東側に存する原告先代所有の二三六番山林の東南側との幅が僅かに約二米ということになり、これは後記地籍図に符合せず余りに不合理であると主張した。

2  数ヶ間一五六番の一、二と一三一番各山林に関する被告宮崎の主張を地形、林相、地籍図等から見ると次のとおりである。

福井地方法務局足羽出張所備付の地籍図(昭和一四年作成の宇坂村役場備付の地籍図と同一のもの)によれば、原告先代所有の一三一番山林は、その右側の被告宮崎所有の一六一番、一五六番、一五五番山林と相接している。

別紙第一図面表示のT点のてんぼなしの木から下方の原告先代所有山林(被告宮崎主張の一三六番山林、地籍図上は一三一番山林)と被告宮崎所有山林(地籍図上は一五五番山林)の境界は現地につき当事者間に争いなく、原告先代所有山林側にはスギの古株が、被告宮崎所有山林側にはスギ立木が、それぞれほぼ一直線に並んでおり、その植栽密度は前者の方が密で、後者は前者に比し疎である。

被告宮崎主張線は、右地籍図上の一五五番、一五六番がほぼ直線に一三一番と接しているのに比し、右争いない下方の境界線の延長から、北に約二〇度方向を変え、S点及びR点に達する線であり、右主張線は稜線を形成し、一三一番山林は右稜線から西又は北西に下る緩斜面を形成している。

又右主張線の左右の植林状況は、ほぼ被告宮崎主張のとおり北西側は密に、縦に一列状態を呈し、南東側は疎であり、特に段から上方は等高線上に植栽されていることが顕著である。

また別紙第一図面表示のように段は被告宮崎主張線を起点として、そこから南東に存する。

被告宮崎は、右山相、植林状況及び石段は、亡父から一六一番が訴外宮崎惣左ヱ門所有当時、一五六番の一、二との境とするために作られたものであると教えられていること、また亡父からS点のもみじR点の自然石が境界の標識であると教えられていたこと及び昭和二四、五年ごろ係争地一帯のスギの木の枝打ちをしたことがあることなどから、係争地は、被告宮崎所有の一五六番の一、二山林と信じていた。

一方原告先代は、同紙第一図面の北西の尾根QP線、O点及びてんぼなしの木を連結した線、要するに争いないてんぼなしの木と北西の尾根とを結んだ線(上方の尾根と下方の尾根を結んだ線)が境界線であると養父から教えられたこと、訴外山岸しのに係争地附近を畑地として耕作させたことがあると聞いていること、また原告家ではかつて係争地で焼畑をしたことがあることなどから、係争地は自己所有の一三一番山林地内にあると信じていた。右原告先代主張線は、ほぼ前記地籍図に即応している。

≪証拠判断省略≫

(二)  以上に認定した事実によれば、水上山林は、雑木林であるため、二三三、二三四、二三五番各山林の地形、林相は殆んど同一であり、被告宮崎がもっぱら係争立木附近の占有管理をしていたと認めるべき的確な証拠もなく、問題の結び木が境界標識として合意されたこともなく、地籍図とも符合しないところがあり従って被告宮崎主張線は合理的根拠に乏しく、原告先代が係争地は被告宮崎所有山林の範囲内に属することを知っていたものとは到底認められない。

一五六番の一、二と一三一番の境界については、先に認定した山相、植林状況からすると被告宮崎が係争地を自己所有山林の一部と信じたについては相当な合理的根拠を有していると見られる余地は十分存する。

≪証拠判断省略≫

しかしながら、本件告訴当時既に地籍図等宮崎主張線と相反する資料が存したのであり、かつ告訴に先立って行われた両者の現地での話し合は、互に主張線が異なり、物分れに終っていたのであるから、被告宮崎としては、地籍図の点はもとより原告家における本件係争地の占有利用の有無ないしかつて宮崎主張線を原告家で明示若くは黙示に認めていた事実の有無等につき今少しく慎重に検討すれば、原告先代が係争地を自己所有なりと信じ本件伐採をした、別言すれば窃盗の犯意に欠けていたと考えられる余地の多分に存することに想倒し得たと認められる。

ところが、被告宮崎はかかる検討を怠り、自己に有利な証拠のみに依拠して原告先代に窃盗の犯意ありと即断したのである。

従って、窃盗の犯意については合理的根拠に欠けるものというべく被告宮崎の本件告訴は過失の責を免れない。

三、本件逮捕勾留の適法性

本件告訴から本件起訴に至るまでの警察及び検察庁における捜査の経緯は、被疑者であった原告先代の逮捕及び釈放の年月日及び訴外杉原寅松取調の有無を除いて原告主張のとおりであることは当事者間に争いなく、≪証拠省略≫によれば、昭和二九年一〇月五日担当検察官である検察事務官山崎により逮捕状の請求が福井簡裁になされ同日逮捕状が発布され、翌六日福井区検で逮捕状の執行がなされ同月八日同裁判所に山崎事務官により勾留請求がなされ、即日勾留状が発布され、福井刑務所に勾留され、満了日である同月一七日に釈放されたことが認められる。

以上の事実からすると、原告先代は警察で三回取調を受け三通の供述調書(否認調書)が作成された後、昭和二九年一月一三日窃盗被疑事件として福井区検に書類送検され、担当検察官である山崎事務官は、同年四月中に告訴人である被告宮崎を二日に亘り取調べ、現地出張の上参考人三名を取り調べ、同年一〇月四日現地出張の上参考人一〇名を取調べた後、翌五日被疑者である原告先代を取り調べたこと、原告先代の逮捕勾留中である同月一五日に現地出張の上参考人四名、翌一六日福井区検において参考人一名を取調べていることが明らかである。

右事実と≪証拠省略≫によれば、山崎事務官は、原告先代を窃盗罪を犯したと疑うに足りる相当な事由ありと認めた上、重要参考人との通謀をおそれて強制捜査したものであることが窺知できるから適式に発せられた令状に基づく本件逮捕勾留につき山崎事務官に故意過失を認めることは困難である。

原告は本件捜査につき種々の違法を主張するけれども、本件全証拠によるもこれを認めるに足りない。

四  本件起訴の適法性

一般に起訴された公訴事実について無罪が確定しても、その起訴が直ちに違法とされるものではなく、その起訴について起訴時の資料及び起訴時点で公判中に蒐集の見込ある資料によっても犯罪の嫌疑が十分でなく有罪判決を期待しうる合理的根拠のないときに違法(過失)とされるものであることは、被告国の主張するとおりである。

よって、以下右の見地に立って本件起訴の適法性について判断する。

(一)  本件は山林所有者相互における民事紛争の類型に属すると認められることは先に説示したとおりであり、それなのにあえて一方当事者の境界線を正当と認めた上他方当事者を窃盗の犯意ありとして起訴するには、相当高度な合理的根拠が必要というべきである。

水上山林における被告宮崎主張線が合理的根拠に乏しく、原告先代の犯意を認める余地の存しないことは先に説示したとおりであるから、本件起訴中水上山林に関する起訴につき山崎事務官に過失の存したことは明らかである。

数ヶ間山林における被告宮崎主張線は、一応合理的根拠を有していると認める余地の存することは先に説示したとおりである。

被告国は、右事実からして少くとも原告先代に未必の故意は認定しうる余地が十分存したと主張するけれども、数ヶ間山林における被告宮崎主張線は地籍図に符合しない点があることとかつて係争地を原告家において占有管理していたこと等を理由に原告先代は捜査の始めから一貫して被告宮崎主張線を否定し犯意を否認していたことは先に説示したとおりであるから、山崎事務官は原告先代の犯意の立証の裏付けとして地籍図の点はもとより、原告家における占有利用の事実の有無ないし原告先代がかつて被告宮崎主張線を明示若しくは黙示に認めていたか否かにつき、更に慎重な捜査をなすべきであったのであり、かかる捜査をなせば、原告先代には窃盗の犯意が欠けていたのではないかと考える余地が多分に存することが判明した筈である。従って、かかる捜査を怠り、宮崎主張線に合理的根拠あることを理由に、原告先代に窃盗の犯意ありと即断してなされた数ヶ間山林に関する本件起訴も原告先代の犯意につき合理的根拠を有していたとは認め難い。

これを要するに、本件起訴をした検察官に過失の責がありといわざるを得ない。

五、原告の損害

以上説示した通り、本件告訴ないし起訴はいずれも違法たるを免れず、従って被告宮崎は本件告訴につき、同国は本件起訴につき、原告先代の蒙った損害を賠償すべきところ、当事者間に争いない原告先代の経歴、身分、社会的地位からすれば、本件告訴及び起訴により、原告先代の社会的名誉が著しくきそんされ、そのため精神的苦痛を蒙ったであろうことは推測するに難くない。

しかしながら、本件有罪判決が罰金刑であったこと、原告先代居住部落民の間では本件無罪判決は既に周知されていると考えられること、原告先代主張の水上、数ヶ間山林境界線の根拠も、被告宮崎主張線と同様客観的に明白な自然的境界を欠き、主として地籍図及び事実上の占有支配ないし前主及び亡父よりの指示に基づくもので、合理的根拠ありとは俄かに即断しがたいこと、≪証拠省略≫によれば、原告先代が被告宮崎の異議を無視して敢えて当事者間に紛争中の本件係争立木を伐採したことが本件告訴を誘発した有力な原因となっていると認められること、以上の諸点を勘按すると、原告先代の蒙った損害につき原告先代の相続人である原告に対し、被告宮崎は三〇万円、被告国は七〇万円を支払うのが相当であり、原告の被告宮崎に対する謝罪広告請求は相当を欠くというべきである。

六、結論

以上の次第であるから、原告の被告らに対する本訴請求は被告宮崎につき三〇万円、同国につき七〇万円の損害賠償とこれらに対するいずれも本訴状送達の翌日である昭和三八年一二月三一日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余の金員支払部分及び被告宮崎に対し謝罪広告を求める部分は理由がないので棄却することとし仮執行宣言につき民訴法一九六条、訴訟費用の負担につき同法九二条、八九条、九三条を適用して主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 松本武 裁判官 川田嗣郎 桜井登美雄)

〈以下省略〉

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